なにか書きたい。

自由に生きる30歳が思いのままになにか書きます。

術後の父。

 

大動脈解離の診断を受け、緊急手術を受けた父。

先日、無事退院しました。

今回は術後のことを書くぞ〜!気合!笑

 

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9月30日 術後

 

父の手術は結局夕方から始まったらしく、私が20時頃に病院に到着してもまだ終わっていなかった。やっと終わって主治医の先生に話を聞いたのが21時頃。父の顔を見たのはそのあとだった。

 

先生は飄々としていて、ぽつぽつ喋るんだけどユーモアのある感じ。うっすらおでこに汗をかいていて、先生は長時間立ちっぱなしで手術したのかぁ…大変な仕事だ…と思った。

手術は無事成功して、とりあえず心臓の横だけ人工血管にしたらしい。

「あとは破れたままだから、この先も定期的に検査して、また少し危ないな…となったら手術して、みたいになると思う」とのこと。

「お父さん、脂肪肝とか言われてた?」と聞かれたので「いえ、前は高コレステロールと言われてたけど、薬を飲んでいたので、最近は数値は正常で…脂肪肝なんですか?」と答えると、「うん…、フォアグラだね」と言われた。笑

 

その日は、管がいっぱい繋がって体中浮腫んで眠っている父の顔だけ見て帰った。

台風24号が接近していて、20時にはJRも運休するという話だったけど、まだ風も吹いておらず、午前中にお世話になった大学病院に病院着を返すところまでできた。

ああよかった、手術も無事に終わったし、私はちゃんと会いたい人に会いに行けたし、台風の前に母を迎えに行けたし、帰りも風に吹かれなかった〜!と喜んでいたのだが、大変なのはここからだった。

 

 

術後1日目 父、別人になる

 

父に面会できるのは14〜15時と18〜19時の間だけだった。

術後1日目は社保の書類をもらいに行ったり、入院手続きを済ませたりとなかなか忙しく、昼の面会はできなかった。夜の面会には母と行くつもりだったけど、母は疲れが出ていて気分がすぐれないようだったので、私一人で行った。

 

入院に必要な下着類、歯ブラシ、ひげ剃り、もう目を覚ましていたら欲しがるかもと思って父のバッグなど…もろもろを抱えていった。あまり病院に縁がないので、なかなかの不安と心細さだった。

 

向かった部屋はICU。

うわあ…ICUって…よく医療ドラマで見るやつじゃん、、と思った。

 

ICUって緊急で命の危険がある患者さんを手術する「手術室」なのかと思っていたけど、「集中治療室」なのであって、付きっきりで管理されるべき患者さんはICUに入院するんだね。知らなかった〜

 

ICUに面会に入るときにはまず、廊下に備え付けてあるアルコールで手の除菌をして、マスクを付けて、インターホンで「〇〇の家族です」と名乗る必要がある。

看護師さんから応答があった後しばらくして、「ICU」と大きく書かれた自動ドアが開き、「こちらへどうぞ」と案内された。もう一枚の自動ドアが開くとすぐそこに父が寝ていた。

 

「娘さんが来てくれたよ」と看護師さんが父の枕元で言うと、父は「…ああ」と応えていた。看護師さんはくるっと振り返って私に「もうリハビリも始まって…今日は頭を起こせましたよ♪」と穏やかに教えてくれた。

でも私は内心とても動揺してしまっていた。父の顔は浮腫でパンパンに腫れ、薄くなった頭皮しか父らしいところが見当たらなかった。手も足もクリームパンみたいだ。目は虚ろで、あきらかに私を認識していない。「ああ…」とか「うん…」とか言いながらどろんと目を開けるのだけど、焦点は定まっていないし、呆けてしまったおじいさんのようで、何年も前に亡くなった父方の祖父を見ているようだった。

 

私はたまらず、入院のための荷物をチェックしてくれている看護師さんに聞いた。

 

「あの、麻酔でまだぼんやりしてるんですかね…?」

「そうですね、ちょっと…」にこり

 

ええ、何?ちょっと…て何?

ヤバイのかな?大丈夫なのかな…?

 

その日は父の様子を話してくれた看護師さんと、病室まで案内してくれ荷物をチェックしてくれた看護師さん2人が私の応対をしてくれた。1人は落ち着いていて真摯な感じで、ふっくらした優しそうなTHE看護師さん!な人で、もう1人は明るく気さくでムードメーカーな感じで、ICUにもこんな看護師さんがいるんだな〜!という人だった。

 

ふっくらした看護師さんがベッドの方に戻ってきて父に声を掛けた。

 

「覚えてる?大手術をしたんだよ」

「う〜ん」

「なんていう病名だったっけ?」

「ああ…何だっけなぁ…」

「大動脈解離」

「ああ、そうか」

「芸能人だと石原裕次郎とか、加藤茶とかがなったんだよ」

「ああ…」

 

ええ…石原裕次郎って若くして亡くなってない?まだ高度な手術ができない頃だったのかな…あ、でもカトちゃんは元気だよね、顔色悪く見えるけど……

そんなことをグルグル考えながらも、何より目の前の呆けてしまった父に大ショックを受けていた。「ああ、うん」とかしか言えないならまだしも、「何だっけ」と言葉もきちんと出てきているのに、なんでこんなに…まさか脳にショックがあったんじゃ……

 

怖くて何も聞けなかった。

 

看護師さんがカーテンの向こうに行ってしまったのを見てから、私は思い切って父に声を掛けてみた。マスクを付けてるから私ってわからないのかも…!

「父、私だよ、わかる?」

「…ああ…」

 

わかってない〜〜😭

 

ふっくらした看護師さんが戻ってきた。すると父が「水が飲みたいです」と言った。「あ、お水ね、ちょっとまって。…水差しはお持ちですか?」聞かれてハッとした。そうだ、水差しとリハビリ用の靴は受付で買ってと母に言われたんだった。

「買ってきてもいいですか?」と聞くと、横からムードメーカーな看護師さんが「靴は買わなくても、お家でいつも使ってるのでも大丈夫ですよ、普通〜のやつで」と明るく言ってくれた。「あ、そうですか、じゃあ水差しだけ…」「そうですね、水差しがあると助かります」

 

優しいなぁ…普通、マニュアル通り持ち物きっちり持ってきてください!てなるものかもしれないのに。ICUってだけでめちゃ堅い感じを受けてたなぁ…

 

1階の受付で水差しを買って戻ると、ふっくらした看護師さんがすぐに細かい氷を入れたお水を父に飲ませてくれた。のどが渇いているときに絶対美味しいやつだ、と思いながら見ていた。

「あんまり飲みすぎるとよくないから、今はこれだけにしよう」と看護師さんが言うと、父は「ああ、そうか…美味しい」と言っていた。でもすぐにまた「水…」と言い出し、看護師さんが「もうちょっと時間を置かないと」と答えると「ガーン」とか言っていた。マジで津山のおじいちゃんみたいだな…。笑

しまいにはそのやり取りを見ていた私に「水が飲みたい」と言ってきた。ぎくりとした。すると看護師さんがすかさず「娘さんに言ってもしょうがないよ〜?」と笑い、父も「ああそっかぁ…」と言っていた。

 

私はあまりの不安で魂が抜けそうになった。呆然と立ち尽くしながら(コワイ…早くここから立ち去りたい…)という衝動に駆られた。すぐそこの掛け時計を見ると、もう面会時間も終わりに差し掛かっている。…もう帰ろう。泣

 

最後に父の枕元で「父、また明日来るからね」と声を掛けてみた。父はどろんと目を開いてこっちに向けた。「…うん」

私は父を長年好きになれないままでいて、父の体には極力触れないように生きてきた。だからとても勇気がいったのだけど、思い切って管がついているクリームパンのような手を握ってみた。するとぎゅーーっとびっくりする力で握り返してきた。その手は固くてパンパンで冷たかった。

 

なんとも表現しようのない複雑な心境になりながら、怖くて聞きたくないけど、でもこの不安を抱えたままでは帰れないぞと思い、勇気を出してふっくらした看護師さんに聞いてみた。

 

「父は大丈夫でしょうか…こんな、老人のように…呆けたようになっちゃって…」

「そうですね、この症状は せん妄 と言って、ICUに入られた患者さんには6割くらいの確率で起こるものなんです。いきなり倒れて、大手術をして、見たこともないところに寝かされて、自分の置かれている状況がすぐには理解できないんですよ。ひどいと暴れて管を抜いちゃう人もいるんです。お父さんはそういうことは今のところないから大丈夫」

 

センモウ…どこかで聞いたことがあったような気がした。

あとでググろう。

 

「…ちゃんと、治るんでしょうか?」

「そうですね、1週間もすれば状況が理解できるようになって普通に戻っていかれますよ」

 

そう真摯に答えてくれる看護師さんを見ても、どうしても話半分にしか聞けなかった。「ここはどこ!?」となって管を抜いているならまだしも、父のあの状態は脳になにかがあったようにしか思えなかった。

でも…そうだよ、まだ麻酔が完全に抜けきってないのかもしれないよ、きっと大丈夫なんだよ、、と自分に何度も言い聞かせながら、その日は帰宅した。