なにか書きたい。

自由に生きる30歳が思いのままになにか書きます。

父、たおれる。

 

9月の終わりから今日まで、体感的には1ヶ月くらいに感じた…

心労もすごかったので3歳くらい老けた気がする。笑

今回も備忘録として書き連ねようと思います。(※むちゃくちゃ長い)

 

 

父、いきなり苦しみだす

 

9月30日午前。

その日私は約束があり、まさに家を出ようとしているところだった。部屋で準備していると、向かいの部屋のドアを開け放して、部屋から父が「うわあああ」と声を上げるのが聞こえた。

 

父は普段からひとり言の声も大きいし、何かとリアクションがオーバーなので、今度はなにかと思い「も〜、うるさいな〜何〜〜?」とドアを開けてみると、向かいの部屋のドアは閉まっていて、部屋にいる気配もなく、何だったのかと思いながらリビングに行ってみると、父がテーブルの向こうで「ああああ」と声を上げながらうずくまっていた。

 

「えっどうしたの!?」と聞くと、「胸が痛い、苦しい、あああ、、息ができない」と、目をつぶったり、見開いたりしながら言っていた。

 

 

私、人生初・救急車を呼ぶ

 

「病院…救急車?呼ぶ?」と聞くと「うん」と言う。それもやっとのことで言っているみたいだった。人がこんな状態になっているのを初めて見たので、あたふたしながら119番した。手が震えた。

 

すぐに電話がつながって、若い男の人の声がした。

 

「はい、◯◯です」と応答があったのだけど、父の声でかき消された。「あの…父がいきなり苦しみはじめて…」と言うと、どのような状態か聞かれた。叫び声が聞こえたのだろう、第一声より緊張感のある声だった。

 

救急車を呼ぶときって、慌てちゃって、伝えないといけない情報を全く伝えられないことがあるっていうよね。私は(もし自分がそうなったとき絶対慌てるよな…)と思い、自分なりにシュミレーションも行っていた。それでも頭がわーっとなったし、えっ、えっと、、てなった。住所が自宅でヨカッタ…

 

「わかりました、向かいます」

 

1本目の電話はすぐに終わった。状態を少し聞いただけで出動してくれる日本の救急隊スゴイ…。それからすぐにまた電話がかかってきて、父の生年月日や持病の有無、いつも飲んでる薬などについて聞かれた。さすが父。お薬手帳にきちんとお薬のシールも貼っていた。(とても大事)

 

電話が終わって、とりあえず痛いと言っている胸のあたり、背中のあたりを擦ってみた。呼吸困難になっているようだったのでなんとか楽にならないかと思ったのだが、効果はないみたいだった。肌着にはじっとりと汗をかいていた。

 

 

救急隊員の人たち、すぐに来てくれる

 

1本目の電話が終わって、ものの数分だった。インターホンが鳴った。

早っ…!

まず3人来てくれて、2人が父のお世話を、1人が父のデータを聞いてくれた。その後、もう3人、その後にイス型の担架のようなものを持って2人、来てくれた。一気に高まる人口密度。

 

救急隊の人たちはすごく落ち着いていて、やり取りを見ていると、直ちに命の危険があるものではなさそうだと思った。もしかしたら心筋梗塞とか、ヤバイ発作なのかと思っていたので一安心だった。

「何か羽織れるものと、靴をお持ちください。あとお薬手帳もお願いします」と指示された。

 

 

私、人生初・救急車に同乗する

 

イス型の担架に乗せられた父はすぐに地上に運ばれた。エレベーターを降りると、救急車用の担架に移してもらっていた気がする。(あわあわしていてハッキリ覚えていない)

 

父が救急車に積み込まれるのを見てから、「では娘さんはこちらに!シートベルトを締めてお待ち下さい」との指示を受けて、隣に座った。私たちと一緒に乗り込んだ隊員さんは、まだ外にいる隊員さんに「どうもありがとうございました!」と言っていた。

各方面から駆けつけてきてくれた別のチームの隊員さんだったのかな。めちゃくちゃカッコイイ…と思った。

 

救急車はすぐに走り出した。後ろの窓にはカーテンが引いてあって、その間からちらっと外の様子が見える程度だった。前方を見ると、フロントガラスからの景色は少しだけ見えていた。「救急車、通ります。ありがとうございます」「直進します、直進します」よく聞くアナウンスをぼーっと聞いていた。

 

父が「足、曲げちゃダメですか?…痛くて」と聞くと「ああ…伸ばしてたほうがいいんだけど、痛い?」と隊員さんが答えていた。そのやり取りを聞きながら、父…大げさだからな……まさかお腹と背中が攣って、そのあと太ももを攣ったんじゃなかろうな…と思ったのだけど、運転している隊員さんが大きな声で「止まってくださーい!止まってください!…ありがとうございます!」と横断歩道を渡ろうとする自転車の人たちを制止しているのを見て、やっぱり結構緊急の患者なんだろうか…と思った。

 

 

大学病院に到着する

 

あっという間に近くの大学病院に着いた。長のように見える隊員さんが、この病院にかかったことはあるかと聞いてくれ、ないと答えると受付まで案内してくれた。手続きが済み、ベンチに座って待っていると、しばらく待機していた隊員さんは最後、私のところへ来て「それでは、私たちは引き上げますので」と声を掛けてくれた。

ああっ…み、みなさんありがとうございました…!という気持ちだった。

 

それから長い間待っていたのだけど、その間に2人の看護師さんがそれぞれ、アレルギーはないかとか、持病や大きな手術をしたことがないかなど聞いてくれた。父は去年足を骨折して手術したのでそのことを伝えると、「心臓とかの手術はしてないですよね」と確認された。そっか、分野がまったく違うよね!と思った。

 

その後しばらくして、お医者さんがやって来て言った。「お父さん、大動脈解離を起こしている可能性があります。これからすぐにCT検査をして出血があるかどうか見てみますが、よく出血箇所がわかるように造影剤を投与します。その同意のサインを、お父さんに説明を聞いてもらったのでお父さんにしてもらってもいいんだけど、あんまり動かさないほうがいいからね…代わりにしてもらってもいいですか?」

 

なんだかイケイケで「こうだとヤバイから〜」とか、若々しいノリのお医者さんだった。大動脈解離って…なんか聞いたことあるよ、やっばいやつじゃないの?大丈夫?死んじゃわない?と頭の半分は思ったが、もう半分は、お医者さんはそこまでヤバそうな顔してないから大丈夫なのかな?念のため検査するだけかな?などと思っていた。

 

サインを終え、また長い待ち時間に入った。その間私は大動脈解離について調べまくった。『前触れなく発症して、放置しておけば高い確率で死に至る病気』…『しかし近年は技術の進歩により、手術を受ければ生存率は90%以上』…『発症すると感じたことのない激痛が走り、呼吸困難に…』…ハアア、痛い、コワイ、とりあえず命にはかからわらなさそうだけど…

 

 

検査結果と状況説明

 

さっきのお医者さんが戻ってきた。「やっぱり大動脈解離を起こしていました。かなり広範囲に破れちゃってますね、では診察室へどうぞ」ええ〜やば〜〜!!

先生に案内されて診察室へ入ると、ベッドに父がいた。静かに座っているなと思っていると、「今お薬で血圧を下げたので少し痛みが落ち着いていると思います。検査結果を出すので、それまでお話していてください」

 

私が横に座っても、父は前を向いたままだった。まだ痛むのだろう。

「大丈夫?」「うん…」

「痛い?」「うん…」

「さっき、部屋で何してたん?テレビ観てたん?」「うん…」

「……」

話…ない…どうしよう…痛い、コワイ、、

医療ドラマでよく見る心電図が「プン…プン…」と音を立てている。

 

そのころ母が到着したので一度診察室を出て、呼びに行った。

母と一緒に戻ると、ちょうど準備が終わったようで、お医者さんが紙に絵を描きながら状況を説明してくれた。

 

「心臓からはこんなぶっとい血管が出ていて、これが大動脈です。大動脈は上に行くと脳の血管、下に行くと二手に分かれていて、それぞれ足の血管へ繋がっています。患者さんは心臓のすぐ横から、ブワーッと足の方まで…これくらい、血管が破れちゃってます。最初は胸が痛かったでしょう?でもそのあとだんだんお腹と、足のほうが痛くなったはずです。それは心臓の横から足の方へと大動脈が裂けていったからですよ」

 

ヒイイイイイ・・・😱

 

「これから緊急手術になります。命に関わることではないですが、かなり重篤です」

説明の最中もたまにベッドの近くのボタンを押して、看護師さんに「血圧、もう少し下げてくれる?」と指示を出すお医者さん。説明が終わり、また静かな空間に心電図の音が響く。

 

「いや〜、参った…参ったわ…」

「もうあんま喋らんときな」

会話する両親の横でなぜかだんだんと具合が悪くなる我…

(えっあれっ…なんか吐き気、、?いや、なんだろう気持ち悪…どこも悪くない私が倒れるとか超邪魔やん……)

 

「ごめっ、私ちょっと出てきていい?」

「わ、大丈夫?顔まっさおだよ」

 

さっきの受付近くのベンチまですぐそこなのにフラッフラで目の前がシロシロなりながら吐き気とともに診察室を出る我…両親の顔をチラと見る余裕もなかった。

(スゴイ…貧血って…ご飯全然食べてなくて何日か重労働したときにしかなったことないよ、、こんなときにもホントになるんだァ……)バタリ。

 

大学病院には専門医がいないとのことで、父は別の病院から迎えに来た救急車で移動することになった。母は救急車に乗り込みながら「手術は何時間も待つだけだし、用事があるなら行ってきな」と言ってくれた。

母がついてるし大丈夫だよね。それにこの上に手術の説明とか…私、ムリ……ということで、大学病院で両親とは別れた。